127.東京駅新幹線建設記念碑
東京駅の東海道新幹線ホームに建つ、新幹線建設記念碑です。
第4代国鉄総裁である十河信二のレリーフと、その筆による一花開天下春の文字が刻まれています。1973年4月に除幕されました。
(撮影:2005/05/03)
参考資料 : 鉄道シーン500 (鉄道ピクトリアル1988年9月号)
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東京駅の東海道新幹線ホームに建つ、新幹線建設記念碑です。
第4代国鉄総裁である十河信二のレリーフと、その筆による一花開天下春の文字が刻まれています。1973年4月に除幕されました。
(撮影:2005/05/03)
参考資料 : 鉄道シーン500 (鉄道ピクトリアル1988年9月号)
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コメント
十河総裁は、確か、新幹線建設に奔走されたのに、別件で辞任を余儀なくされ、昭和三十九年の開通式には呼ばれなかった、というエピソードの持ち主ではなかったでしたっけ。
当初予算に比べ膨れあがる経費を国会に認めさせ、第二の戦艦大和、という批判を受け流し、プロジェクトを間欠させた手腕はまさに記念碑もの、だと思います。
Primera
投稿: Primera | 2006年1月 3日 (火) 02:14
Primeraさん、こんばんは。コメントをどうもありがとうございました。
十河総裁は新幹線生みの親とも言える人物であるにもかかわらず、三河島事故などの問題で新幹線開通時には総裁を退任しており、開業式を自宅のテレビで見たそうです。しかし、現在の新幹線網があるのもひとえにこの方のお陰でしょうから、おっしゃる通りまさに記念碑的存在ですね。
参考:はてなダイアリー - 十河信二とは
投稿: 声高 秀史 | 2006年1月 4日 (水) 21:04
はてなダイアリーへのリンク、ありがとうございました。関東大震災、満鉄、公職追放、と大正、昭和の歴史そのものを経験なさっている方なのですね。
プロジェクトXではありませんが、当時不可能といわれたビッグ・プロジェクトを完遂した仕事能力の高さは人並みはずれいていると思います。
新幹線の代わりに在来線線増などを採用していたら、鉄道の凋落は貨物にとどまらず、長距離客もどんどん離れていったでしょうね。
Primera
投稿: Primera | 2006年1月 5日 (木) 00:15